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スタイルローテーション戦略のサーベイ

株式投資の戦略でスタイルローテーション戦略というものがある。その名の通り、投資スタイル*1を動的に変化させることで市場平均を超えるリターンを狙う戦略のことである。

以前ある目的で書いた文章がスタイルローテーション戦略について結構まとまったサーベイになっているのだけれど、残念ながらお蔵入り状態になっている。このままだと勿体無いのでここで公開してしまうことにした。原文から一部切り取ったりしているので、ちょっと歯切れの悪い文章になっているけど、どうかご容赦を。

 

 バリュー株効果と小型株効果

 株式市場には小型株効果とバリュー株効果というアノマリー現象が存在することが知られている。小型株効果は、時価総額が高い株で構成されたポートフォリオより、時価総額が低い株で構成されたポートフォリオのほうが高いリターンとなる現象である。バリュー株効果は、株式の時価簿価比率が高い株で構成されたポートフォリオより、時価簿価比率が低い株で構成されたポートフォリオのほうが高いリターンとなる現象である。

 これらの現象がなぜ存在するのか、主に二つの立場から説明が行われている。一つは、人間は非合理的な存在であることを前提として、株式市場のアノマリーを心理学的に説明する行動経済学の立場である。この立場からすれば、バリュー株効果は市場が非効率であるがゆえに存在しているので、追加的なリスクを取らずに超過収益をあげることができることになる。もう一つは、バリュー株や小型株の超過収益はその株のリスクが高いために投資家の要求収益率が高いのだとする伝統的経済学の立場である。この立場からすれば、バリュー株や小型株の超過収益は単により大きなリスクを取ったことに対するリスクプレミアムでしかないということになる。このバリュー株効果と小型株効果が株式市場の非効率性の証拠なのかあるいは単なるリスクプレミアムに過ぎないのかについては現在も論争が続いており、未だに明確な結論が出ていない。

 学問的には結論が出ていない問題なのだが、実際のファンド運用においては既にバリュー株効果や小型株効果を利用した投資スタイルを導入する機運が高まっている。ここでいう投資スタイルとは投資家が銘柄選択を行う際の基準や運用方針、考え方のことである。例えばバリュースタイルのファンド運用であれば、バリュー株を中心にして運用することになる。

 

スタイルローテーションの潜在的可能性

 長期的にはバリュー株がグロース株(時価簿価比率が高い株)を超えた収益を生み出す。しかし、短期的にはグロース株がバリュー株を上回ることがたびたびある。バリュー株がグロース株に勝っている期間は、全期間の内、約60%程度に過ぎない(ref. ジェームス・モンティア (2005), pp.86-87)。つまり、利益を最大化しようとするのであれば、どれか一つのスタイルにこだわるのではなく、適切なタイミングでスタイルを切り替える戦略をとるべきなのである。

 Levis and Liodakis (1999)は、スタイルが生み出すリターンを完璧に予測できる投資家を想定し、この投資家が最適なスタイルを選び続けることでどれだけの超過収益をあげられるのか調べている。この投資家は、イギリス株の大型スタイルと小型スタイルを適切に切り替えることにより、1968~1997年の間にFT-All Shareと比較して年率17%の超過収益を得られるという(100ベーシスポイントの手数料を想定した場合でもなお年率12%の超過収益を得られる)。つまり、スタイルを適切に切り替えることは非常に大きなパフォーマンス改善の可能性を秘めているといえる。

 しかし、実務的にはスタイルを切り替えるスタイルローテーション戦略は実践的な戦略ではないと言われている。最大の理由は、スタイルを切り替えるたびにかかる取引コストが大きく、それ以上の超過収益をあげることが難しいからである。

 スタイルローテーション戦略を行う標準的な方法は、経済変数や投資家心理を表す変数を入力として、翌月に最も収益率が高くなる投資スタイルを表すカテゴリ変数を出力とする統計モデルを作り、その予測値に基づき投資判断を行う、というものである。実践的なスタイルローテーション戦略のためには、何よりもまず第一に、手数料の損益分岐点を超えるために予測力の高いモデルを作ることが重要である。

 

先行研究

 機械学習のモデルは入力としてどのような素性を使うのかという点が予測力に多大な影響を及ぼすことが経験的に知られている。

 幸いにも、これまでの研究において多数の素性がスタイル予測において有効であることが確かめられている。以下にその例を示す。

 Lee and Song (2003)は投資家心理を表すとされるプット・コールレシオやVIXがスタイルローテーションのシグナルとして利用できることを示した。

 Oversby (2014)はバリューファクター(バリュー株ポートフォリオリターンとグロース株ポートフォリオリターンの差額)には自己相関があり、それを利用して超過収益を上げることが可能であることを示した。

 また、株式市場には一月効果という季節性のアノマリーが存在することが知られている。これは一月の収益率が他の月よりも高くなりやすい現象のことである。Cooper, Gulen, and Vassalou (2001)は1月を表すダミー変数を素性に加えることがスタイルの予測においても重要であることを示した。

 日本における研究もある。代表的な先行研究は角谷・黒子・生田 (2005)である。角谷らは、金利構造や円ドルレートなどいくつかのマクロ経済変数、バリューファクターのラグ変数などを素性の候補とし、二項ロジットモデルを用いてスタイル予測を行っている。

 候補となる変数の中から実際に使用する素性を決定する際、角谷らは変数減少法を用いている。しかし、全期間のデータを変数選択に用いてしまっているため、角谷らの実験結果には後知恵バイアスが入っている可能性がある。つまり「どの変数が有効な素性なのか」という知識を、その時点では知りようがないはずの未来のデータから推定してしまっているので、現実的にはありえない予測力が生まれてしまっている可能性があるのである。

 実のところ、株価などの金融時系列を予測する研究は、後知恵バイアスのせいで良い結果が出ているだけの再現不可能なものが多いという。この現状に対して、Bauer, Derwall, and Molenaar (2008)は後知恵バイアスの排除のために、データを三つに分割する実験方法を用いることを提案している。

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1 Bauer, Derwall, and Molenaar (2008)より引用

 Bauerらが用いている実験方法では、データを学習用、検証用、テスト用[1]の3つに分割する。そして、まず最初に学習用データを使いモデルを学習させる。次に、検証用データを使いモデル選択を行う。最後に、テスト用のデータでout-of-sampleのパフォーマンスを測定する。そしてこのプロセスを一期間分データをずらして繰り返す、というものである。

 候補となる変数の中からどの変数を素性として用いるのかによって複数のモデルが考えられるが、Bauerらは検証用データを使ったモデル選択によって、どの素性を使うのかを決定している。この方法であれば、変数選択に後知恵バイアスが入らず、またその時々で最適な素性(少なくとも検証用データにおいては最適であったもの)の組み合わせを動的に選択することができる。 

 

参考文献

ジェームス・モンティア『行動ファイナンスの実践 投資家心理が動かす金融市場を読む』ダイヤモンド社 2005年.

角谷督、黒子貴史、生田目崇「日本市場におけるスタイルローテーション戦略の収益性分析」『証券アナリストジャーナル 43.3』2005年: 80-94ページ.

Bauer, Rob, Jeroen Derwall, and Roderick Molenaar. "The real-time predictability of the size and value premium in Japan." Pacific-Basin Finance Journal 12.5 (2004): pp.503-523.

Cooper, Michael J., Huseyin Gulen, and Maria Vassalou. "Investing in size and book-to-market portfolios using information about the macroeconomy: some new trading rules." EFMA 2001 Lugano Meetings. 2001.

Oversby, Kevin. "Exploiting Factor Autocorrelation to Improve Risk Adjusted Returns." Available at SSRN 2456543 (2014).

Levis, Mario, and Manolis Liodakis. "The profitability of style rotation strategies in the United Kingdom." The Journal of Portfolio Management 26.1 (1999): pp.73-86.

Lee, Yul W., and Zhiyi Song. "When do value stocks outperform growth stocks? Investor sentiment and equity style rotation strategies." Investor Sentiment and Equity Style Rotation Strategies (January 2003).

 

[1]      Bauerらは分割されたデータをそれぞれIn-Sample、Training、Tradingと名付けている。しかし機械学習の文脈では学習(training)、検証(validation)、テスト(test)という名称を使うことが一般的なので、それに倣いこの名称を使用する。

 

*1:「投資スタイル」という語の意味がわからない人は、本文中に定義が書いてあるのでそっちを見るべし